井上浩輝賞 raytrekアンバサダー対談

井上浩輝賞

伊村章さん
raytrekアンバサダー対談

  • #写真

raytrek(レイトレック)は、東京カメラ部のサポートのもと、“わたしの唯一”をテーマとした『第6回 レイトレックフォトコンテスト』を2022年12月22日~翌年3月30日に開催し、「最優秀賞」「井上浩輝賞」「別所隆弘賞」の各賞を選出しました。井上浩輝賞を受賞されたのは伊村章さん。写真に対する取り組み、受賞作品の撮影の裏側などを伺いました。

井上浩輝賞「残された物の美」

まず井上さんから選出理由をお願いします。

たくさんの作品の中にあって、まず何が写っているのだろうという疑問が湧き、写真に目が釘付けとなりました。審査をしている時は、見慣れた光景や風景の中に何かすごいものが写っているという写真よりも、最初はわからないけれど、よく見るとわかってくる写真に僕は心奪われます。伊村さんの作品も、よくよく見ると立ち枯れの木々がパターンになっているんだなとわかってきます。そして、このパターンが写り込んでいる水面に美しい色が反射して配置されており、そこまで見えてくると、ようやく何が映っているのかがわかってきて、とても繊細に撮られた作品なんだなと理解しました。最初はInstagramの解像度で見ていますが、改めてTIFFで送られてきた写真を見ると、とても丁寧に撮影されていると痛感しましたね。しかもレンズ情報を見ると、空撮ではなく地上で大きいカメラを構えているということがわかり、どうやって撮ったのかなと考えさせられるところも楽しく、絵の楽しさだけでなく、撮影の裏側に思いを巡らすことができたという点も決め手のひとつになったと思います。

この度は井上浩輝賞の受賞おめでとうございます。伊村さん、いまの選定理由を聞いていかがでしょう。

撮っている時は、僕なりに撮り方をいろいろと考えてはいましたが、いま井上さんのお言葉をいただき、ああそういう見方もあるんだ、ひとつの写真でさまざまな考え方を持ってくださるんだなって。新たな発見というか、驚きというか、1枚の写真から世界が広がることに驚いています。

受賞作の撮影時のエピソードをお伺いしたいです。

栃木県の湯西川ダムというダム湖です。湖を横断する橋の上に三脚を置き、上からダム湖を眺めるようにして撮っています。3年ほど前に友人と軽い気持ちで訪れた場所だったのですが、その時に一目惚れをしまして、四季折々でどう景色が変わるかを見たくなり、時間があれば訪れるようになりました。通っていると、木々の中に電柱を発見し、寂しげなところにも惹かれていきましたね。

そういう通いたくなる気持ち、わかります。ここでこんな光で撮りたい、こんな季節に撮りたい、と夢見ることはありますよね。ただそれが本当に実現するのかというと、百にひとつもないのではないと思います。それをしっかりとこうして作品という形にしたのは、運が良いのもさることながら、努力の賜ではないでしょうか。写真は努力したからといって評価されるわけじゃなく、プロセスに大きな価値があるものでもないですが、結果として努力は希少性となり評価されると思います。また、撮り手の人格を考えたときに、努力される方なんだろうな、良い意味で執念深い人なんだろうなとは想像します。僕はそんな写真に対する偏執的な部分に共感を覚えますね(笑)。

「わたしの唯一」というテーマのコンテストに、受賞作はどのような点が見合うと思い応募しましたか?

受賞作だけに当てはまることではないのですが、私は写真に関しては素人で、写真学校にも通っていませんし、カメラの勉強もしたことがありません。自分で考えて、友人と話し合って、ああ撮ったらいい、こう撮ったらいい、という感じで写真を楽しんでいます。写真にはセオリーがあり、構図なども大切なことだと思うのですが、素人ならではの規格外の考え方、おもしろい被写体の見つけ方、構図の取り方を楽しみたいと思っています。そのような感覚は『わたしの唯一』ではないかと思い、今回応募させていただきました。

伊村さんはそうおっしゃいますが、ここを見つけたということ、これだけ美しいリフレクションがあって、美しいパターンがある。何度か通う中で、この唯一の瞬間を見つけることができたということこそ、唯一かつ美しいストーリーだと僕は思います。今回のフォトコンテストを審査するにあたり、やはり『唯一』という言葉は大切にしました。審査をしていると、そもそも設定されたテーマに沿っていると思えないものが8割くらいはあるのが実情です。受賞作は、最初から目に付きましたが、僕にとっては高い場所から撮っているのにドローンで撮られてなかったということがまたおもしろかったのです。5年前なら、ドローンで撮った写真には唯一感がありましたが、これだけみんながドローンを使ってありとあらゆる角度を試せるようになってくると、地上からフィックスして撮ったということも、唯一感につながると思います。

構図の決定でこだわった点は?

ファインダーで覗き、三脚を立て、大体の構図は決めて撮影しました。構図でこだわったのは、図形を写真の中に作ること。ここに三角形を持ってくる、ここには四角形を入れるなどを計算しています。また、五分割の構図を基本にしていて、湖の配分などを決めました。さらに斜めの線を入れることで右に逸れていく動きを出しています。ただし電柱だけはど真ん中にしたのもこだわりで、そんなことを考えながら撮りましたね。ただその時にファインダーを通して見た時と、PCのモニターで見た時とで少しの違和感を覚えたので、少しだけトリミングしています。

受賞作のレタッチのこだわりを教えてください。

実際にはここまで濃い色ではありませんでした。撮影したのは秋口で、オレンジは奥の山の紅葉がリフレクションしています。撮って出しを見た時はもっと寂しげで、それも好きだったのですが、立ち枯れた木々に何年もそこに立っている力強さも感じられたので、現像でコントラストを上げて色濃く表現しました。

ずいぶん工夫されて撮っていらっしゃるのですね。僕はどちらかというと、3秒でカメラを構えて5秒でシャッターを切って、5分以内に帰りたい人間なので(笑)。伊村さんの他の作品を見ても感じましたが、撮る時の丁寧さが後々の現像の精細さにも繋がっていますよね。現像も撮影と同じような緊張感でやっているんだろうなと想像します。風景写真はこのような方に支えられて文化が発展していくのだなと感じました。

ありがとうございます。おっしゃる通りで、撮る瞬間とは感動した瞬間だと思うのです。その瞬間を漏らさずどう表現していくか、どうみなさんに見ていただくか。細部まで自分の中で描いたものをどう絞り込んでいくかということをすごく考えていますね。

受賞作のレタッチ時間はどのくらいでしたか?

時間でお伝えするのは難しいです。最低でも5~6回は作り直していまして、一度作ったら1日間隔を開けてからやり直したりしています。しかも、途中からやり直すのではなく、いつも最初からもう一度現像し直します。労力はかけているので、表に出せるような作品が完成した時は自分でも感動してしまい、この自分の感情が相手に伝わるといいなと思いますね。これまで100%の満足はないですが、100%に近づけるために、少しでも違うと感じたらやり直すという努力をしています。

繰り返すというのは、とても大切だと思います。僕の場合は撮影した写真を現地でスマホを使い一回現像し、宿や車でノートPCを使いもう一度、さらに帰宅してから大きなディスプレイを使ってもう一度やり、最後は現像した写真を大きい画面のテレビに映してみる、ということをやっています。トライアンドエラーを何度も繰り返すこと、そしてパターンを考えるというのは僕も一緒だなと。伊村さんは、撮影した時に目の前に広がっていた色や光と、作品として仕上げていくときにどこを強調し、どこを削ぎ落としていくかという取捨選択も鋭いと感じます。ご自身が見た風景と、ご自身が思う素敵な風景との関係にギャップをちゃんと作っていって、そのギャップが美しさやオリジナリティ、唯一になる部分だと思います。

受賞作以外の作品を見ながら、現像についてもう少しお話をお伺いしていきます。現像の環境を教えてください。

最初にLightroomで基礎を作り、Photoshopにデータを移してレタッチをしておきます。最近はLuminarを使うようになりました。ハイライトの部分のみをやわらかくするなど、ちょっとしたエフェクトを簡単に付けてくれるので重宝しています。ただ、Luminarを使いはじめてから、だんだんPCが重くなってきているので、それこそraytrekのPCはいいなあと思っています(笑)。

作品を見ての井上さんのご感想を。

どの作品も、どれだけ現像に耐えうるデータをセンサーが出してくるかを把握されて撮られていると感じます。ただ、もしかするとですが、精細度が高い部分とそうじゃない部分の落差を画面の中に作ってあげると、より見栄えの良い写真になるかもしれないですね。写真は明るいところと暗いところ、彩度やコントラストがそれぞれ高いところと低いところなど、多くの要素があったほうがいいと思うのです。要素は豊富だけど構図はシンプルで引き算されている、というのが僕の分析では最高。受賞作以外の4枚のうち2枚は反逆光ですが、反逆光で撮ると明るいところと暗いところができ、コントラストが付くことで落差の中に立体感やドラマチックさを生むんですよね。全てを精細にするとお腹いっぱいになってしまうので、敢えて精細さを低くした部分を作ってみると、もっとこの写真群は格好良くなりそうだなと、差し出がましいのですが思いました。

PCで画像を拡大しながら現像を進めていくのですが、細かい性格なのか、細部まで一定のクオリティを求めてしまうんですよね…。それが自分の中で力が入りすぎている部分なのかなと。もう少し力を抜くというか、いい塩梅というのを表現していきたいなと思いました。勉強になります! そして現像したくなっちゃいました(笑)。

いま、写真を人に見せるメジャーなステージはSNSなんですよね。SNSの最大解像度はTwitterの4K。FacebookやInstagramはもっと小さい。そうなったときに、細部の精細さは見えてないんです。精細なんだろうなという印象は伝わるかもしれないですが、みなさんに評価される場ではそんな解像度では見えていません。ですから、SNSでも強さを発揮する要素を写真の中に盛り込んでいくといいのかなと思います。そして、もし機会があって大きくプリントをしたり、巨大なディスプレイで見せるという時には、精細なデータの本領を発揮して、次の喜びを皆さんにお分けできるのかなと思います。

最後に改めて受賞の感想をお願いします。

自分の中でターニングポイントとなりました。井上先生のお話が聞けたこと、raytrekPCに対する理解を深めることができ、写真をこれからもっともっと楽しめるんじゃないかと感じています。自分自身も友人たちも、みんなこれまでは現像が苦しい、どうしたらいいかわからないと感じてきました。でも、もっと肩の力を抜いて、PCや現像ソフトの力を借りて、ワクワクするような楽しい現像ができたらいいなと思いますし、いまはできそうな気がしています。

本日はありがとうございました。そして改めて受賞おめでとうございました!

※Adobe、PhotoshopならびにLightroomはAdobe Systems Incorporated(アドビシステムズ社)の米国ならびにその他の国における登録商標または商標です。

伊村 章(イムラ アキラ)さんPROFILE

普段、Instagramで活動しています。
昔から景色を眺めるのが好きでバイク等でキャンプツーリングを楽しんでいました。
遠方は北海道まで。
ですが頚椎ヘルニアを患い断念。
他に体への負担のかからない趣味はないかと探している所に写真を思いつきました。
今は景色を見るのではなく、持ち帰る事に楽しみを感じています。

伊村 章(イムラ アキラ)さん